とりばけいの口笛

日々の泡沫とその他

うどんについて

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例えばiPhoneは、その機能美、洗練されたデザインだけが革新的だったのではなく、App Storeという新しい市場を作り、そこに競争を生み出したことこそ大きな特徴である。例えばメルカリは、ネットオークションという市場に、これまで参入を渋っていたライト層のユーザーを引き込んで大量の売買取引を生み出した。いつの世も、どの分野においても、プラットホームを生み出し、競争を生み出したものが真の勝者である。そういった分脈で、食事のプラットホームとしてのうどんのレベルの高さにぼくは惚れ込んでいる。何を入れても合う。ねぎや卵、山菜や納豆といった副菜系はともかく、天ぷらや揚げ物といった主菜も合う。バター+胡椒+卵だとか、焼くだとか、鍋に入れるだとか、カルボナーラといった他分野とのクロスオーバーすら寛容に受け入れてしまう。それを可能にしているのが、うどん自体の大きな特徴である、圧倒的なシンプルさだ。最もミニマルな形式のうどんにおいては具材は麺とつゆのみ、柔らかな白ときつね色という他を圧しない色調が、他の食材の追加を待っていないわけがない。

同じ麺類であるラーメンは、スープ、麺自体に多様性があり、フォーマットに従えばラーメンと呼称がつくその異様なまでの拡張性がAndroid的だが、それに対し、ある程度の美しい制約込みでどこまで魅力を増幅させ、可能性を拡げられるかという点ではうどんはiOS的といえるだろう。今日もぼくは、承天寺聖一国師(日本にうどんを伝来させた人物とされるうちの一人)にささやかな祈りを捧げながらうどんをすすっている。というのは言い過ぎだけれども。