医学、口笛

日々の備忘録とあれこれ

悪魔という名前のラーメンの話

悪魔という名前のラーメンについての話をしようと思う。


ぼくの通う大学のキャンパスから歩いて10分ほどのところ、四谷三丁目の交差点から少し進んだところに、がんこラーメンというラーメン屋がある。名前の書いた看板はなく、目が妖しく赤く光る牛の頭骨と、骨のイラストの小さな看板、そして入り口の扉に貼ってある紙には小さく「本当にラーメンがお好きな方、どうぞお入り下さい」とある。
山猫軒みたいだが、決してとって食われるわけではなく、他ではなかなか味わえない独特のラーメンを食べられる。あえてカテゴライズするなら醤油系に入るのかもしれないが、様々な素材が渾然一体となり、どろどろに濁ったスープが特徴の「下品ラーメン」と、それとは真反対に、一種の芸術品みたいに澄み切ったスープの「自由が丘」がある。
 
初めてこの店を訪れると、「もうどろどろに濁り切ったスープと、反対にうんと澄み切ったスープと、あなたはどちらがいい?」と聞かれる。そこで自分に問いかけなくてはならない。果たして自分の好みは、雑多を雑多のままに楽しむことで生まれる奥深さを楽しむ「下品ラーメン」なのか?それとも洗練され、上品さを醸し出しながらもそれだけに収まらない深みをたたえる「自由が丘」か?ここでその決定を、「おすすめはどちらですか?」などと聞いて家元に委ねてはならない。そんなことをすれば、彼は必ず小指を立ててふふっと笑いながら、「それはあなたの"これ"の好みと同じですよ」と言うだろう。他人に聞くものではないということなのだろう。
 
このラーメン屋には他にも特徴があって、休日にスペシャルといって、各地の厳選された食材を惜しげもなく仕込みに使った特製のラーメンが出される。また、下品ラーメンにも色々と種類がある。その中の一つに、「悪魔」がある。
悪魔の正体は通常の下品ラーメンよりうんと醤油ベースのタレを追加した劇的に塩辛いラーメンで、あまりの塩辛さに、100円でも二度と食べないと言って帰った客がいたそうだ。その言葉も頷けるくらいには塩辛く、煮詰めた醤油の香りが強く鼻をさすのだが、何度も何度も食べるうちに、段々と"この塩辛さがいいのだ"という気になってくるのだから、人の好みは分からない。いま自分が味わっている悪魔の点数を100点とすると、はじめに食べた頃の味は40点くらいがいいとこだろう、なんて家元も聞いてくるし、本当にそうなのだ。
 
家元はニヤリと笑って「これが"あとを引く"ってことなんだよ、わかるかい」と僕らに語りかける。僕らはうんうんと頷く。そんなラーメンがある。