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医学、口笛

日々の備忘録とあれこれ

手帳の話

というわけでブログを立ち上げた。善は急げ。
二年前、とツイートしたけれど、本棚の整理で出てきたのは三年前の手帳だったが誤差の範囲ということにしておく。


これまで、春になると「これから新しい学年になって、色々なことにチャレンジしていくその輝かしい日々の記録をつけること、これを続けることが大事だ!」と決意してちょっとお洒落目で1日ごとのフリースペースの大きい手帳を意気揚々と買っては、半年ほど経つとその四月病も治まり、というか持ち前のルーズさとiPhoneのカレンダーに予定をメモする手軽さに負けて手帳の半分を白紙にする、ということを幾度となく繰り返してきた。もはや8月あたりまでを半額で買って、使い続けられたらもう半分も購入、とした方がいいのではと思うくらいには手帳という習慣が続かない。半年ともたない手帳に1000円前後費やすというのもばからしくなってしまって、去年はグリッドの入った縦長ノートを買って、手帳を自作した。自分で枠線を引き、日にちや曜日を書いて、白紙のノートを手帳にしていくのはこれがなかなか楽しくて、手帳は年末まで続いた。
人間向き不向きがあるのかもしれない。と思いつつ今年度用にRollbahnのノートを買ったのが先週で、人の愚かさについて考える良いきっかけになっているように思う。思い切ってやめようとしてもやめられないあたり、タバコや酒に似ているのかもしれない。

その、半年くらい続いた三年前の手帳には部活の勧誘での新入生の様子や、講義や実験の所感や、夢の内容のメモなどが短文で書き込まれていて、気恥ずかしさと同時に、自分の過去を振り返る時に大抵込み上げるある種のあわれみと愛しさに襲われた。この感覚を平仮名四文字で表すと「てへぺろ」で、テンプレ的おじさんの台詞で言えば「俺の若い頃はさ~、いっぱいバカやってたよもうホントに~~~」となるかもしれない。
しかし、過去の思考の記録をただ愛しい恥としてラベリングしてはもったいない、と今年のぼくは考えている。なぜ恥ずかしいのか、それは書き込まれていた日々の雑感が、非常に短文であるがゆえに脆く、やわに感じられるからだろう。このブログでは、週1回くらいのペースで、日々の雑感を少し掘り下げて、きちんとリンクを貼ったりデータを引っ張ってきたりして、ある程度硬さのある文章を書いていきたいと思っている。
タイトルが口笛なのは、音楽ブログではないものの、どこかに音楽が感じられるようにしたかったから。