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医学、口笛

日々の備忘録とあれこれ

ダリ展感想:実物を見るということ

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 ダリ展に行ってきたのだけど、めちゃ混んでて驚いたのと、名画を実際にこの目で見られるってやっぱり代替しがたい体験なのだなーと感じた。真近で「ポルト・リガトの聖母」や、「テトゥアンの大会戦」や、「ウラニウムと原子による憂鬱な牧歌」なんかを観賞すると、自然とじっくり細部まで見て、色々なことを考えようという気にさせられる。

ダリ展 | 国立新美術館 | 京都市美術館

展示は、ダリが生まれ、ピカソに会い、シュルレアリスムに迎え入れられ、マルチな才能を発揮し、量子力学原子力に傾倒していく、といったその生涯を、ほぼ本人の作品のみで辿っていくというシンプルな構成である。絵画技法やダリを取り巻く社会や環境の変化について多くを語ることはなかったが、ダリ自身の作品から、ダリが誰に会い、どのような影響を受けたのかということが素人目に見ても想像しやすいので、気兼ねなく見て回ることができたように思う。何より、これは何のモチーフで、何のメタファーで、といったことを考えなくても、「あ!ここにも時計が/見えない人が/手押し車が/蟻が出てきた!」といった額面通りに受け取って得られる面白さも沢山内包されている作品たちなので、普通に楽しいのだ。見ていて楽しいが、実は色々な文脈・物語が織り込まれている重層的な作品というのが、やはり一番好きだなぁ、ということを再度考えることが出来たのも、実際に美術館に行ってこの目で作品を見たことで得られた経験に含まれているのだろう。
しかし、「実際にこの目で見ている」の「実際」とは何かというのが、今後どんどん変性していく気がしなくもない。身体的にコストをかけて得た体験を重要視するということは、例えばVRで観賞出来る、アクセスが難しい構造のヴァーチャルミュージアムなんかに取って代わられるのかもしれない。脳の様々な分野を動かし、フィードバックを得て、統合されて得た観賞体験こそ脳生理学的に貴重なのだとしたら、様々な分野にアクセスするデバイスが違う次元の"体験"を拓くのかもしれない。そういうことを最近よく考える。

うどんについて

http://uds.gnst.jp/rest/img/s9xtb12v0000/s_001m.jpg?t=1464245183

例えばiPhoneは、その機能美、洗練されたデザインだけが革新的だったのではなく、App Storeという新しい市場を作り、そこに競争を生み出したことこそ大きな特徴である。例えばメルカリは、ネットオークションという市場に、これまで参入を渋っていたライト層のユーザーを引き込んで大量の売買取引を生み出した。いつの世も、どの分野においても、プラットホームを生み出し、競争を生み出したものが真の勝者である。そういった分脈で、食事のプラットホームとしてのうどんのレベルの高さにぼくは惚れ込んでいる。何を入れても合う。ねぎや卵、山菜や納豆といった副菜系はともかく、天ぷらや揚げ物といった主菜も合う。バター+胡椒+卵だとか、焼くだとか、鍋に入れるだとか、カルボナーラといった他分野とのクロスオーバーすら寛容に受け入れてしまう。それを可能にしているのが、うどん自体の大きな特徴である、圧倒的なシンプルさだ。最もミニマルな形式のうどんにおいては具材は麺とつゆのみ、柔らかな白ときつね色という他を圧しない色調が、他の食材の追加を待っていないわけがない。

同じ麺類であるラーメンは、スープ、麺自体に多様性があり、フォーマットに従えばラーメンと呼称がつくその異様なまでの拡張性がAndroid的だが、それに対し、ある程度の美しい制約込みでどこまで魅力を増幅させ、可能性を拡げられるかという点ではうどんはiOS的といえるだろう。今日もぼくは、承天寺聖一国師(日本にうどんを伝来させた人物とされるうちの一人)にささやかな祈りを捧げながらうどんをすすっている。というのは言い過ぎだけれども。

「君の名は。」感想

一気に書くのでごちゃごちゃしている部分もありますが、まあ殆ど自分のための文章なので。

9月辺り、複数の友人に「とがわさん、君の名は。見ましたか?見たほうがいいですよ、よかったですよ!!」なんて言われて自分は「そんなにシェアしたくなるような映画なんかあるわけないやんけ、どうせ広報戦略が大当たりして打ち立てた興行収入100億だろ」と、(ここまでは言っていないですが)へそを曲げてずっと見逃し続ける魂胆でした。

新海誠作品は、昔たまたまWOWOWかなにかで見た「秒速5センチメートル」でなんだこのアニメ映画はと当時中学生だった自分の肥大した自意識を美しい音楽と美しい映像で鷲掴みにされ、「雲のむこう、約束の場所」のエンディングで大粒の涙を流し、しかし狂った純粋さみたいな重たさをどことなく感じてもうお腹いっぱい、と思いその後は見ていませんでした。新海誠作品とは知らずに読んだ、「ほしのこえ」の佐原ミズによるコミカライズ版では泣きました。これは超おすすめです。

 

 

 

なのだけど、たまたま金曜日、飲み会まで3時間ほどの猶予があり、見ることにしました。

ストーリーの核はこれまでと変わらず、遠い遠い距離+時間の男女がやっとやっと会えるor会えないという話なのですが、そこが適度な笑いとシリアスと漫画アニメ的純愛を絶妙なバランスで装飾するとあら大ヒット、という、新海誠のキャリア的にも集大成で大団円!みたいな出来の映画でした。いい話だなぁ。

まず見終わった直後に劇場やそこかしこで見られるキービジュアル(階段で振り返る二人)があとでじわじわと振り返り型の感動を誘ったり、全部を説明しない上手さとか、それ以外にもあまりにも東京の風景の切り取り方が丁寧過ぎて、奥寺先輩とのやり取りだとか二人が電話かけたりだとかこんなファンタジックな恋愛が自分の現実と地続きで存在してるかのような、現実にあり得たような、そんな錯覚をしてしまうのかもしれない、とか、記号的なシーンをいい感じの音楽でいい没入感で見ると普通に人は脊髄反射的に感動させられてしまうんだなぁ、とか、色々いいところはあって。しかし、たびたびRADMVになるのも若干冷めましたが、それ以上におや?と思ったのはたきくんの方が抱えているストーリーの軽さでした。みつはは神社の巫女だし父親とは確執があるし実際隕石被害はこっちだし。それに比べるとたきくんは普通に高校生活を友人と楽しんでて、バイトして、片思いして、実は父子家庭という描写もちょこっと挟み込まれますがだいたいは絵に描いたような巻き込まれ側のラノベテンプレ的主人公のスペック。でもその分、たきくんはより重点的にみつはのことを考えることができて(というか他にすることがない)、そういうところが男性観客の投影先になったのかもしれない。でも女の子はみつはに感情移入してるんだろうか?というか、感情移入する感じの物語じゃないのかな?

 

だらだら書きましたしもやもやしてますが、総じて見てよかったなという感じです。多分時間が経って思い返すともっともやもやが整理されていくのかもしれない。

20160929

タスクに追われて徐々に余裕がなくなってくると、本を読む時間、ニュースやコラムを読む時間、音楽を聴く時間がごっそり消えていることを自覚する今日この頃です。

20160924,25 他学部交流イベント

慶應赤倉アカデミーというイベントに行ってきた。

三学部(医薬看)が赤倉山荘に集い、講師に招いた先生のこれまでの人生経験や専門分野に基づく熱い話を伺ったり自由な交流を行う、という企画。60人くらいの学生が参加してわいわい盛り上がりました。クイズやったりビンゴしたりドッヂボールやったりするなんてもう一生ないんじゃなかろうか、と思うくらい古典的で王道のレクリエーションが続いて、久々に頭を使わずになすがままに楽しみました。

お招きした先生の3つの講演のうち一番面白かったのは看護医療学部の宮脇先生の話で、健康とはどういう概念なのか、ということを様々な人が様々なバックグラウンドから掴もうとしているその歴史を、時間の都合もあったが紐解いていくような感じで、普段なかなか考えるに至らないし、学ぶ機会もなかなか少ないので新鮮でした。拡張する意識としての健康だとか、人間と環境の相互作用だとか。何をするにも理念とか対象となるものごとの本質をつかむことって大事だし、何を目指して仕事しているかって仕事へのモチベーションや仕事の質に大きく影響すると思っているので、いい話を聞けたなぁと。ちょうどゼミの勧誘の戦略を練るために、そもそもどういうゼミなのかということを見つめ直している時期なので、より実感しました。

飲み会は、大学生然としていてロストカルチャーっぽさがあってよかった。もう暫くは自分の人生に必要ないです。

ポリクリが始まって不規則にスケジュールが組まれると、やはり時間は有限で、勿体無いことできないなという意識が強くなってきました。上から目線とかそういうことではなく、会うべき人と会うべきだし、そうでないことをしたあとは体力も気力もすり減っていることが多い。後からわかる時も多々ありますし、その予測不可能性を楽しむというのも、人生に不可欠であると思うけれども。

20160920 試験、静岡へ

午前は法医学の試験。これで暫くは筆記試験とおさらばだ!と思いながら試験を終え(実際には次の日に別の試験が再試になってしまう)、静岡へ病院見学に。
静岡駅まで東京駅から新幹線で1時間というのも思っていたより近くて驚いたのだけど、駅周辺がちょうど良い具合に栄えていて、すぐに好きになりました。ご飯屋さんもたくさんあるし、服もたくさん売ってるし、伊勢丹TSUTAYAもあるし、病院と宿舎の距離が徒歩5分程度なのだけどそれでも全然満足。でも全部良いなんてことはないだろうから、他との比較のためにもきちんと良いところも良くないところも見定めてこうと言いながら鶏料理屋でお腹を満たしました。満足。

20160919 パラリンピック

思い出しながら書こうとしたが、法医学の勉強に追われて終わってしまった一日だった。

勉強の合間にパラリンピックの引き継ぎの部分だけ見たのだけど、最初の映像のアングラ感といいラストの全員がステージ中央に向かう魑魅魍魎感といい、椎名林檎すごいなぁという感想。こうしてリオの引き継ぎという形で日本がどのようなパフォーマンスを世界に披露するのかを確認したわけだけど、今回のオリンピック・パラリンピックを見る限り、昔インターネットでアンケートされていた「開会式で芸能人を使わないでほしい」というのは大筋では叶うし(そもそもここで用いられている芸能人という言葉に大きな揺れが含まれているとは思うけれども)、物質的な問題は多少残っているものの、オリンピックが楽しみだね、と言えるフェーズに入ってきたなぁと感じた。