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医学、口笛

日々の備忘録とあれこれ

20161215

非常に疲れていた一日だった。朝にカンファレンスに参加し、手術を見て、試問の勉強をして、試問をなんとかこなし、夜には美味しいピザをたべたのだが、合間合間で身体の重みを感じざるをえなかった。そもそも朝ごはんもろくに食べず、昼も軽く済ませたのがまずかったのかもしれない。忙しかったりへとへとになっていると、まず食欲がなくなるというのを経験上知っているのだけど、そうなると更に回復が遅くなるし、生活に不可欠な要素を楽しみに変えられない、というのはなんともわびしいな、と思う。高校3年生のころは学食のジャンクフードコーナーでポテトとナゲットと飲み物のセットみたいなのをずっと食べていたが、当たり前のようにやせていったし、身体にも心にもよくなかっただろう。どっぷり湯船に浸かることと、好きな音楽を聴くことと、人と話すことでなんとか保っていきたい。体重。スキーもあるし。

20161214

内視鏡手術シュミレーションという実習があったのだが面白かった。お腹を模した肌色のドームに、コントローラー二本とカメラ(型コントローラー)が付いており、モニターに映し出される腹腔内の様子を見ながら、胆嚢の摘出なんかの手術を遂行していく、という感じで、ちょっと昔のプレステのゲームみたいなつるっとした立体感のある臓器を、引っ張ってクリップを留めたり焼いて剥がしたりしたのだが、ミスをして胆管を傷付けるときちんと胆汁がぽたぽたと漏れ落ちていき、その落ち方もひと昔前の絶妙な立体感のあるCGで、なんだかレトロゲーを扱っているような楽しさがあった。このシュミレーターはよくできていて、手術を終えると所要時間や出血量や、傷付けた臓器や手の余計な動きの量なんかをフィードバックしてくれる。
このシュミレーターは所詮シュミレーターだが、これと比べると3Dのカメラで行う腹腔鏡手術は距離感の掴みやすさが断然違う、というのを傍目から見学していても分かるくらいなので、技術革新様々だなぁと思う。そのうちVRヘッドセットを付けた医者がぞろぞろと手術室に向かう光景が当たり前になるんだろうか。

20161213

ゼミで発表を聞いていたのだけど、すごい人はすごい発表をしていて、それなりな人はそれなりで、その差はどこで培われたんだろうということがますます気になってきている。自分も今年の夏に(だいぶフィードバックを頂いた上で)そこそこいい評価をもらった発表をできたのだけど、1,2年生のときに同じフィードバックをもらっても同じクオリティの発表を用意できる気は全くしない。だが、大学での数年間で"この授業が自分に力をつけてくれました!先生ありがとう!"というエピソードは1つもないのだ。ただ、全く内容を覚えてはいないものの、論文や診療に関する情報データベースの検索方法について、実際に諸条件を与えられた状態で検索を行い結果をレポートするという課題は何回かあったし、論文の読み方、データの読み方なんかは様々な科目の講義で折に触れて取り上げられた記憶がある。こうした細々とした経験の蓄積が活きているのなら、ぶーぶー文句を言いながらなんとなく出席してきた座学に少しくらい感謝したほうがいいのかもしれない。それにしたって講義はつまらないものはつまらなくて、ただ毎年全く変化のない知識をだらだら教え込むのは先生自身も時間を無駄にしているのではと思わざるをえないし、なんかいいやり方ないだろうか。某免疫学教授の悩みも、なんだかわかるような気もしてくる。

20161212

秋ぐらいのことだったか、新宿駅で階段を駆け下りる際につまづき、2,3段飛ばして右足の親指で着地するとおいうアクロバティックな自損事故をやらかし、親指の爪が割れ、ついでに爪と指の間もややぱっくりと裂けてしまい、ティッシュを巻いてめちゃくちゃテンパりながら帰ったことがある。その後しばらく親指をいたわる歩き方、つまり小指側に体重をかける歩き方に自然となったせいで、内反小趾のような感じで小指の付け根が盛り上がり魚の目のようになってしまった。どうやってもぶつかると痛いし、靴をはかないなんてことが出来るはずもなく、stableに時折痛む小指の付け根を抱えながら生活していたのだけど、先週に思い切って魚の目治療用のサリチル酸パッチみたいなものを買ってきた。柔らかくしたらぽろっと硬い部分が取れてくれて、新品の小指の付け根に戻ってくれるんじゃないかと期待していたが、白くなるだけでなんも変化なく数日経過し、にっちもさっちもいかなくなって皮膚科に行った。
患部を見せようとパッチを剥がした瞬間、膿がにゅっと顔をのぞかせたのだ。更に先生がためらいなくふやけた皮を剥がして除くと、その奥からも膿が出てきて、まさかそんな展開になると思わず恐怖に包まれてしまった。「これを不衛生な家とかで処理してたら蜂窩織炎になってたかもしれないし来てよかったね」と慰められたが気が気じゃなかった。
なんでこれを書いているかというと、今日経過をチェックし、改善が見られたので一安心しているからである。いまだ軟膏を縫ってガーゼ貼り替え、水気禁という生活は続いているものの、治りが悪かったら表参道の足専門のクリニックで手術、と言われていた頃とは安心感が違う。褥瘡と同じ外用薬を処方された、というのはいささかショックではあるが、落ち込むこともあったけれどわたしは元気です。
こうした病気とも言えないような身体のパーツの不調は、命に直結こそしないものの、確実にQOLを下げてくる。がんの治療法の比較においてもQALYという生存期間とQOLの両方を加味した指標が用いられているのだし、QOLという観点だいじだなぁと思う。最後ぼやぁっとしてしまったけど、今日はそんなことを考えた一日。

20161211

また日常生活をメモする習慣をつけよう。Macのテキストエディットのウィンドウサイズを最小にし、本当に何も読み返さず、推敲せず、スケッチ的に文章を書く。素描の蓄積。とにかく続けることが大事で、継続して継続して、その過程で試行錯誤が出来たり、基礎体力のようなものがつくのだ、と、プロフェッショナルの10代スペシャルを見た時に強く再認識した。コルクの佐渡島さんがクリエイター志望の10代4人に向かって、まず言った言葉が「毎日なにか、作品を作れ」だった。なので、これは作品でもなく、ただの自分向けの日々の記録だけども、やはり続けることで自分の生活をフィードバックし、これをやっていないときとは何か違う変化を起こせたらいいな、と思う。
と言ったものの今日は特に何もしていない。ピックアップする論文をザッピングし、ゼミのタスク(良い人材が良い人材となった根拠となるバックグラウンドを掘り下げるために、何を質問したらよいのかについて)を片し、カイバという”SFラブサスペンス(パッケージにそう書いてある)”を見たくらい。と書き出すと、案外ぼーっと一日を過ごした訳ではないのだな、と自分で振り返ることが出来るのもありがたい。
自分のことはいい人材だとは思わないが、いい人材に対してこれから投げようとしている質問に自分が答えようとしたとき、どれだけいい人材と差異があるのか、というのも気になるので、一度自分でやってみようかなと思う。設問自体は簡単で、「過去に自分がいた環境や活動(部活、団体、バイト、習い事、趣味、高校や大学や家庭)について、印象深いエピソードと、自分が影響を受けたと思うことはなにかについて記述してもらう」という内容なのだが、そのまま就活に使えそうな自己分析ツールだし、項目がやたら多いので恐らく誰でも一つくらいはピックアップすべきエピソードが出てくるのでは、と思うのだ。いい影響と同時に、悪い影響も多い還すことになると、それはそれで意義深く、そして辛いインタビューになるかもしれないが。

「ヒットの崩壊」刊行記念イベントの話

柴那典さん著の「ヒットの崩壊」刊行記念イベントという名のリリパに行ってきたので、ざっくりどんな話をしていたかということと雑感をば。漏れはありますが、他のメディアや書籍も読んでいただけたらと思います。下の記事とか。

「音楽不況」は本当なのか? 2010年代に生まれた新たな希望(柴 那典) | 現代ビジネス | 講談社(1/3)

イベントは著者である柴さんと、デジタル音楽ジャーナリストのジェイ・コウガミさんの対談形式でした。

 

ヒットの崩壊 (講談社現代新書)

ヒットの崩壊 (講談社現代新書)

 

 

ヒットの崩壊は、ヒットという言葉の多様化による、これまでのヒットの指標(=オリコン)の崩壊を示していて、他に様々なヒットの指標が乱立している現状について二人が語っていた。例えば、ソーシャルでいかにバズらせるかを今やテレビも気にかけて、その上で番組構成(歌番組でいえば、どのアーティストとアイドルをコラボさせるかなんか)を考えている、とか。また、ストリーミングの黒船とも言われるSportifyは、バイラルチャートという再生回数にSNSのエンゲージメントを加味したランキングを作っている。そもそもこの書籍は「J-POPの未来」が初期のタイトルだった。音楽不況と言われている状況に違和感を感じていて、特にライブをはじめとして、現場が盛り上がっているという自身の実感との意識の差を解明したいと思っていたのが最初。"ヒット曲なんかなくたって、ライブで盛り上がるからアーティストは大丈夫!"→"それって、ヒットの崩壊ですよね。それをタイトルにしてみては?"ということで、タイトルが変わった。
音楽のガラパゴス化、という現象もよく言われていることで、再生回数チャートを見てみると、関西や東京などのローカルに根ざした邦楽の発展と、グローバルでヒットした洋楽が混在している。柴さんは、こういった音楽が場所と関連付く現象を重要視しているようだった。

これは音楽を問わず言われている話だが、いま、情報が"分かりすぎる、届きすぎる"という問題に直面している。アーキテクチャによって、話題になっていることに付いていくある種の同調圧力が強くなっているようだ。逆に影響力の高いアーティストはそれを上手く活用している。例えばカニエ・ウエストは、最新アルバムをtidal限定でリリースしたが、私生活でのあれこれや靴のプロデュースなど話題性に富んでおり、そうしたメディアの活用がアルバムのヒットに結びついていると二人は分析していた。
またそれと対照的に、メディア露出も少なくライブも行なっていない宇多田ヒカルが、本人の意図していない海外での大ヒットを達成しているというのは面白い現象で、アーキテクチャに寄らないヒットを生む才能がぽんと出てきて一人勝ち、というケースもあることにも触れていた。
ジェイ・コウガミさん曰く、「音楽のデジタル化、フェス、7時間以上の歌番組、という現状が腑に落ちる書籍。多様化した音楽の聴かれ方を紐解いてくれている。」とのことだったので、早く読み終えたいなと思う。

 

有限な時間の奪い合いに、様々なエンターテイメントが参入していている中で、やはり音楽の聴き方に限らず、普段触れるものに似ているもの、周りで話題のものにすぐに出会える最適化・効率化が進んでいる(このイベントの会場がスマートニュースだったのも関連付けられているようにも思える)。ならば、やはり次に注力すべきなのは非効率の中の非線形的な出会いなのかな、と感じる。柴さんは場所に根ざした音楽について語っていたが、音楽に音楽以外の情報、時代背景やアーティスト同士の交流や地域性といった他の文脈を込めることが出来るのは、まだ人間の専売特許であってほしい。

オタクだったあの頃の話(いいものに出会うことについて)

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(ラノベ - Google 検索)

 

中学2,3年生の時に自分の周りで流行っていたものは、学校への持ち込みが禁止されていたケータイ、PSP、漫画の持ち込みと、帰ってからのパソコンでのチャットゲームと、中庭でのスポーツや帰路でこっそり立ち寄るゲーセン、カラオケだった。ゲームの世界では針穴に糸を通し、チャリに乗り、モンスターを狩り、自動車を奪って警察から逃げ、アバターに魔法を覚えさせ、現実の世界では遊びのサッカーや野球をして、先生に見つからないようにゲーセンやカラオケに向かった。基本的には家と中学との往復で、男子校然とした男子校だったこともあって服や外見にも無頓着で、考えることは少なかった。有り余る時間を何に使っていたんだろうと今からすれば思うのだけど、単純に早く寝ていたのかもしれない。当時の自分にとって、遅くまで起きてまでやることなど特になかったんだろう。

そんな中で、段々ライトノベルやアニメやギャルゲーが浸透してきた。上に兄弟がいる子たちは耳が早いというか、兄や姉の世界での流行り物に当然接する機会があるので、いち早くその文化に触れていて、それが自然と流れたのかなと今では思うが、当時は新鮮な驚きをもって迎え入れられていたことを思い出す。そんなアーリーアダプターからの流入で、少しずつラノベを読み、アニメを観る人が増えてきた。こうした新しいカルチャーは最初は訝しまれたが、次第に一定の市民権を得るようになってくる。漫画やゲームは持ち込み禁止だったが小説は当然持ち込み可能だったこともあり、貸し借りもできて、授業中にこっそり読むこともできた、そういった環境が読者を拡大させた理由なのかなと、今振り返ってみて思う。

 

小学生の頃から帰り道に本を読んでいてバスを乗り過ごすことを繰り返すような子供だった自分にとって、新しいジャンルに触れる喜びはひとしおで、魅力的なキャラクター、突拍子も無いストーリー、作者ごと、作品ごとの独特の文体に心を掴まされ、あっという間に、新刊やまだ見ぬ良作を探しに友達とアニメイトに通うということが放課後の楽しみの一つとなった。涼宮ハルヒ灼眼のシャナとらドラ!といった金字塔的作品や、嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん文学少女学校の階段などのヒット作はもちろん、覚えている限りでは、時載りリンネ!や二四〇九階の彼女といった少しマイナーな作品も、手当たり次第に買い、帰り道には読みきってしまう、という生活を送っていた。タイトルを、表紙を、帯を、挿絵を、イントロを少しチェックして、ぐっときた作品であれば迷い無く買っていた、そんな充実した日々だった。

現在と比べると、テレビの予約は番組表のGコードと呼ばれる番号を入力しなければならず、新番組の情報もキャッチ出来なかったし、音楽に関してはMP3プレイヤーも少しずつ普及し始めた時期で、持ち運べる曲数も少なく、CDは自分にとっては高い買い物であった(当時聴いていたのは、TSUTAYAでこつこつ借りたバンプミスチルRADCHEMISTRY、アニソンくらいだったように思う)。馴染みのある場所、リラックスできる場所、自由に何かを選んだり、お金を払って冒険できる場所が、当時の自分にとっては書店だけだったのだ。

 

今でもその頃ライトノベルを通じて知った、皆が知らない隠れた名作に巡り合うことの面白さが、音楽が好きになった今でも活きていると感じる時がある。Soundcloudで、Apple Musicで、ジャケでピンときたのみで他に何の情報もなく聴いてみた曲が思った以上に自分の中のヒットチャートを駆け上がった瞬間とか、気まぐれで開いてみた雑誌のレビューの言葉が気に入って、Youtubeで検索して出てきた曲に心を打ち抜かれてしまったときなど。自分の感性や偶然性が功を奏したケースだ。しかしそのような楽しみと並行して存在する、昔に比べて今を見つめたときに少し考え込んでしまうことも二つほどある。ひとつは、手に取れる情報が多過ぎて、昔の自分にとってこれは皆が知らない隠れた名作、と思っていたようなものも既に誰かが聴いて/見ていて、既にその作品について語っているその言葉に触れてしまう、ということだ。しかしこれは、アーティスト本人と繋がることが簡単になったという変化と両輪であるとも言える。ふたつめは、余りにも聴ける音楽、観られる映画、読めるテキストが多過ぎるということで、このとき、有限の時間の中での体験の価値をなるべく高めるためには、どうしても他人の言葉を参考にせざるを得ない。こういう場合は程度問題になってしまい、何もかもを読む/見る/聴くことのできないぼくたちは、ある程度信頼出来る情報を手に取り、出来る範囲での冒険をするに留まるのだろう。その中で、どう自分の中に取り込むものを取捨選択するかということこそが大事というのは、昔と変わらないのかもしれない。ただ、ゆるい連帯によって肥大して膨れ上がった""という言葉に振り回されて、ただ言葉を受け取るだけで何も言えなくなるようにはなりたくないなぁと思っている(という考えもあって、数年前に作ったレビューブログの名前は、聴くことと語ることのシームレスな接続に由来している)